No.6 2000年4月


緩和医療研究会第26回研究集会・講演
英国セントオズワルドホスピスのクロード・レナード医師をお迎えして(2)

平成11(1999)年11月15日夜 岡山大学医学部図書館講堂

編集註:本稿は、平成12〔2000〕年2月発行の緩和医療研究会機関誌『緩和医療』第8巻第2号通巻第16号に掲載されており、許可を得て転載しました。なお、見出し等に異なっている箇所があります)



司会:
 岡山大学医学部第一外科 田中 紀章 教授(緩和医療研究会代表世話人)

通訳:小笠原 ヒロ子


司会(田中) 本日は,英国ニューカッスル市にあるセント・オズワルド・ホスピスの医療部長,クロード・フランシス・バーナード・レナード先生にはるばるお越しいただきまして、先生のご専門である末期がん症状緩和の最新技術について、踏み込んだお話をしていただきます。
 それでは恒例によりまして、レナード先生のご略歴を紹介します。レナード先生は現在、英国セント・オズワルド・ホスピスの緩和ケア専門医でいらっしゃいます。このホスピスのあるニューカッスル市はイングランドの北部にあって造船業などで有名な町ですが、そのニューカッスル市病院協会の緩和ケア・コンサルタントも兼務され、また英国王立医学会の上級会員であり、ニューカッスル大学の薬学名誉講師でもいらっしゃいます。
 レナード先生は、1976年にスコットランドのダンディー大学医学部をご卒業になり、最初は外科学の勉強をされたのち、緩和医療に向かわれました。疼痛緩和に関しては世界的に著名な施設であるオックスフォードのマイケルソーベルハウスのトゥワイクロス先生の下で研修されておられます。また学会活動では、ヨーロッパ緩和医療学会、英国緩和医療学会、国際疼痛学会、英国リンパ学会などに所属しておられます。論文・著作も多く、セント・オズワルド・ホスピスとして一連の著作を出版されておられるほか、近年では共著で“Flow Diagrams in Advanced Cancer and Other Diseases”を出版され、これは今年(1999年)春に邦訳『フローチャートで学ぶ緩和ケアの実際』(南江堂)が出版されました。なお、プライベートな面での先生は、絵画や音楽にもたいへんにご造詣が深いとうかがっております。
 レナード先生には昨14日も緩和医療研究会主催の一般公開の講演をしていただき、英国における緩和ケアの流れにそって一般的・戦略的なお話をしていただきましたが、本日の講演では医療職の人を前提に、緩和ケアにおける症状コントロールの最新の情報と方法もお話していただくことになっています。遠来のお客様への最高のおもてなしは、何よりも活発な質問だと私は考えておりますので、講演後はみなさんからの質問を期待しています。
 それではレナード先生、よろしくお願いします。




緩和ケアにおける症状コントロールの新しい方法

 Claud F.B. Regnard, FRCP (London)
 (クロード・レナード)
 英国ニューカッスル市病院協会および
 セントオズワルドホスピス,
  緩和ケア・コンサルタント



〔編集註:図版類はすべて略〕


レナード 田中先生、医学の道をともに歩むみなさん、こんばんは。本日は岡山大学医学部にご招待いただきましてたいへん光栄に思っております。私は今回初めて日本に参りましたが、みなさまに親切にしていただきまして非常に感激しております。〔編集注:イントロダクションは講演(1)を参照〕

1 症状コントロールの新展開とは
 緩和ケアに関して、その特徴をひとことで表したことばがあります〔図1〕。1987年にアヴリル・ステッドフォード先生が発表したもので、彼女はオックスフォードでかのトゥワイクロス(R. G. Twycross)先生と一緒に研究をしていた人ですが、緩和ケアというのは「安心して悩み苦しめる場所を提供すること」だと表現しています。最初は奇異な定義に受け取られたようです。私たちが行なおうとしていることは、あらゆる苦痛を取り除くことではないかという気持ちがあったからです。
 しかし、彼女が実際に言おうとしたことは、次のようなことです〔図2〕。
 第1に、効果のある症状コントロールが基本であるということ。これは、自分が痛みを感じたり、吐き気がするという状態の場合は、安心感を得られないということです。
 第2に、身体的に快適な状態にあっても、心の悩み苦しみはそのままにされることもあるということです。患者さんは将来の計画、希望などの喪失を目のあたりにしているので、そういうことがあっても不思議ではありません。
 第3に、こうした悩み苦しみは、表に出すことによって療養のためになります。私たちみんなが経験していることですが、心配になったり不安になったりした時に誰かと話すと、問題は解決はしませんが、気分は楽になります。
 第4に、安心できればこそ心の悩みを表に出すことができます。ただ、自分が信頼している相手でないと、心配事などを打ち明けることはできません。そして、その相手とは、必ずしも身近な人ではないことが多いわけです。患者さんは身近な人には心配させたくない、その人を守りたいという気持ちがありますから、医療に携わる者にとって、患者さんの悩み苦しみを聴かせてもらえるということは、ありがたいことだと思っています。
 第5に、心の苦悩は必ずしも取り除くことはできないけれど、患者さんの苦悩を表に出す手伝いをすることで、患者さんを楽にしてあげることはできます。
 第6に、苦悩を表に出せる所はどこにでもあります。ホスピスという場所じゃなくても、誰かが寄り添ってあげるだけでできることなのです。
 さて、前置きはこのくらいにして、さっそく症状コントロールについて話していきましょう。まず全体のアウトラインですが、2000年紀を前にして、症状コントロールに新しい展開が見られます〔図3〕。
 最近、緩和医療の分野では、ベッドサイドでかなりのことが問題解決できるようになり、複雑ではありますが、私たちは助かっています。そのベッドサイドでの問題解決の仕方について例を挙げて説明していきます。オピオイドは実際には約5000年前から使われていますが、最近やっと、その使い方や投与経路が理解されてきました。オピオイド受容体は、痛みを伝達するもののひとつであることがわかって、新しい鎮痛薬の使用が可能になりました。また嘔気や嘔吐は、疼痛と同じくらいにつらいものですが、これに関しては、今まではあまり研究されてきませんでした。しかし最近、嘔気や嘔吐についても治療方針をどうすればいいかがわかるようになりました。呼吸困難も対処が難しい症状ですが、これについても新しい対処法がでてきています。悪液質も、がんによるものだけではなく、大きな問題ですが、これもそのしくみがわかってきて、新しいコントロールの手法が使われるようになってきています。科学的な手法と全人的な手法を組み合わせてコントロールする、いい例だと私どもは考えています。

2 疼痛の診断
 進行がんの疼痛の種類は複雑であり、患者さんからのニーズもさまざまでして、ベッドサイドでの問題解決を難しくしています。実際にがんに直結した疼痛は半分くらいですが、それ以外の原因による疼痛も少なくとも42%あります〔図4〕。ですから、疼痛の原因を明確に診断することが基本になります。
 さらに患者さんの5割が、3種類以上の疼痛を抱えています〔図5〕。中には11種類の疼痛を抱えている人もいます。
 進行性の疾病ではほとんどの疼痛を診断しなければなりませんが、ベッドサイドでチェックすべきことはそれほど多くはありません〔図6〕。まず第1に、疼痛が動きと関連しているかを考えます。関連しているのであれば、続いて、誰かがほんの少し動かしただけで痛みが増すかどうかをチェックします。この場合、骨折は除外します。次に、骨の打診や触診で痛みが増すかどうか。たとえば、肋骨をちょっと押しただけで、あるいは背骨をたたいただけで痛いと患者さんが言う場合は、骨が不安定な状態になっているかどうかをチェックします。がんの場合には、骨転移が考えられるので、放射線治療が選択肢のひとつになります。続いて、活動時に痛みが増すかどうか。この場合は、筋肉痛が考えられます。一番多く考えられるのは、筋膜痛症候群です。この治療は簡単で、局部的な局所麻酔薬の注射とか鍼治療があります。次に、息を吸った時に痛くなるのかどうかをチェックします。この場合は、胸壁に問題があって、胸膜、骨、筋肉、皮膚を調べればわかります。もうひとつ、関節や組織の腫れ、局部の炎症によるものかどうかをチェックします。この場合は、身体を動かした時に痛みがあります。
 疼痛の診断の第2は、疼痛が周期的にやってくるかどうかをチェックします〔図7〕。周期的な反復痛であれば、平滑筋仙痛が考えられます。この場合は、腸、膀胱、尿管に原因があるかどうかを調べます。進行性の疾病の仙痛の場合、胆のうや子宮に原因があることは、ほとんどありません。第3に、疼痛は一連の動作と関連があるかどうかをチェックします。たとえば、着替えの時に痛いとか、体位を変える時に痛いということであれば、局部あるいは全身の鎮痛を行ないます。場合によっては、短期間のセデーションも行ないます。第4に、食べる行為と関連があるかどうかです。痛いと言う場合は、歯、口腔粘膜、食道、胃、十二指腸などを調べます。第5に、皮膚の損傷または疾患があるかをチェックします。この場合、局部の腫瘍や褥瘡が考えられます。第6に、休息時にいつもと違った不快な感覚があるかどうかをチェックします。あれば、神経原性疼痛で、感覚がない、過敏になる、触れられただけで痛いという症状です。患者さんは、よく、「燃えるような感じ」とか、「肌の下から冷水を浴びたような感じ」などと言います。調べてみると、暖かいものと冷たいものに触らせてもその違いがわからないということがあります。第7に、末梢神経が分布する領域内のものかどうかをチェックします。この場合は、神経根、末梢神経の損傷、圧迫が考えられます。最後に第8として考えられるのが、髄膜や脳神経など中枢神経系に問題があるのではないかということです。

3 薬学の最新知見
 では、疼痛を中心とする症状コントロールとオピオイドをめぐる新たな問題点を見ていくことにします。図8は、おなじみのWHO(世界保健機関)の“鎮痛ラダー”です。これは、疼痛の程度とオピオイドの使用頻度とレベルを示した貴重な指標ですが、ここ数年で私たちは新たに2つの重要なことに気がつきました。ひとつは、オピオイドは髄腔内投与が可能だということであり、もうひとつは、効果がオピオイドによって異なるということです。
 まず、活性代謝物についての理解が必要です〔図9〕。モルヒネは肝臓内で、3種類の代謝物に変化することがわかっています。ノル・モルヒネ(n-M)、モルヒネ-3-グルコノイド(M3G)、モルヒネ-6-グルコノイド(M6G)の3種類ですが、このうちM6Gの活性がとくに高く、モルヒネのおよそ40倍の鎮静効果があると推定されています。これら3つの代謝物はいずれも水溶性で、主に腎臓から排泄されます。ということは、肝臓の機能が低下していても、必要投与量はほとんど違わないということになります。代謝機能が低いので、活性代謝物の産生も少ないからです。おとなに比べて子どもの場合にキログラム当たりのモルヒネの投与量を多くしなければならないのも、子どもは活性代謝物の産生が少ないからです。
 しかし腎臓の機能が低下している場合には、これらの代謝物が急速に蓄積するので、投与すべき量も少なくなります。M6Gが蓄積すると鎮静効果があるといわれていますが、その一方で、n-MとM3Gの蓄積は興奮状態やミオクローヌスを引き起こす可能性があります。“ミオクローヌス”というのは、私たちが睡眠状態になってすぐ身体がピクピク動くことがありますが、それと似たようなもので、投与するとこのような状態になることがあります。どの患者さんにどの代謝物が蓄積していくかは、現在のところ予測できないので、興奮状態やミオクローヌスを観察することによって、モルヒネが多すぎないか、また代謝物が多すぎないかを判断します。このようにモルヒネは、鎮痛薬として適さない場合があり、患者さんによってはモルヒネでさらに興奮状態になる場合があります。
 この教訓から、肝機能の低下はモルヒネの処理能力にほとんど影響を及ぼさないが、腎機能が低下すると影響が現れるということがわかりました。つまり、腎機能が低下していたり変化していたりする患者さんにはモルヒネを使用すべきでないということです。
 モルヒネの代替物としては、不活性代謝物を産生するとみられているハイドロモーフォン〔注:日本では未発売〕や、フェンタニール(フェンタネスト、商品名)、メサドン〔注:日本では未発売〕がありますが、この中で最も使いやすいのはハイドロモーフォンです〔図10〕。
 このことは、各種オピオイドの作用は必ずしも同じではないということであり、副作用もそれぞれに異なります〔図11〕。その基本的な理由は、代謝物が異なっていて、オピオイド受容体毎に刺激される範囲が異なり、経時的にも変化する可能性があるからです。カナダの臨床医エドワルド・ブルエラは、副作用が続く場合にオピオイドを変えることで、オピオイドによる副作用の73%を改善できるのではないかとして、オピオイドを切り換えて使うことを主張しています。もっとも英国では、切り換えについてはもう少し実践的な見方をしています。つまり、副作用のために別の薬剤に切り換えるのは、医療の実践からいえば当然なことであるということです。モルヒネはまず最初に選択されるオピオイドなのであって、現在は代替薬もあるということです。
 オピオイドを切り換えるべきときの理由がいくつかあります〔図12〕。第1として、注入量を少量にしたいために、可溶性の高いオピオイドを使いたいときです。ハイドロモーフォンやモルヒネ塩類は可溶性が高いものです。第2として、すでにおわかりのように、オピオイドの毒性を避けたいときです。第3は、尿排泄の活性代謝物を蓄積させないようにしたいときです。以上のように、オピオイドを切り換えるのは、疼痛コントロールがうまくいかないときのためだからではありません。あるオピオイドでうまく疼痛コントロールできない場合、他のオピオイドに切り換えれば改善されるということはないのです。
 ただし、メサドン〔注:日本では未発売〕の場合は例外で、メサドンに切り換えることにより疼痛を改善できた例が増えています〔図13〕。メサドンは、脊髄・後角のNMDA(N-メチル-D-アスパレイト)-グルタミン酸受容体〔後述〕をブロックするからだと考えられています。この受容体をブロックすることで、神経原性の疼痛のような、一部の中枢神経系疼痛を緩和することができます。とくに疼痛の原因が複数であることが一般的な、がんの疼痛には有効です。しかしメサドンにもデメリットがあり、持続点滴のやり方が他のオピオイドとはまったく異なります。またモルヒネと同じ効力なのに、メサドンに切り換えた場合にモルヒネと同じ量にしますと、深いセデーションになってしまうことが経験でわかっています。そこで、経口モルヒネの24時間の投与量の10%から始めるのが一般的で、最初の24時間では40mgを上限とします。なおメサドンは蓄積していくので、投与の回数を減らすことができます。5日経てば、1日に1回ないし2回の投与ですみます。
 次に、オピオイドの新しい投与経路についてお伝えします。英国では、依然として経口が最も一般的な経路であり、非経口では皮下注入が最も一般的で、静注はめったに使用されませんが、この数年間で新しく使われるようになってきたのが、経皮投与です〔図14〕。このフェンタニールパッチ〔注:日本では治験中〕は、簡単なやり方ですが、実際にはなかなか複雑で、用意周到に行なわなければなりません。安定するまで最大24時間のズレがあり、パッチを取り外してもフェンタニールが皮膚から消失するまでに最大36時間かかります。フェンタニールパッチを使った場合、最低の25μg/時の投与量でも、経口モルヒネの75mg/日に相当するということを、しっかり認識しておかなければなりません。また、疼痛の打開には、依然としてモルヒネの併用が必要です。とくにコントロールを始めた時点では、そうです。
 なお、フェンタニール独自の優れた点が2つあります。尿排泄の活性代謝物を産生しないので、腎機能を低下させないことと、モルヒネに比べて便秘や嗜眠にはなりにくいことです。したがって私どもがオピオイドを使う際には、まずモルヒネ、ついでハイドロモーフォン、そして3番目にフェンタニールという順になります。
 オピオイドは脊髄投与も可能で、進行性疾患の場合に使うのがベストだということがわかってきました〔図15〕。髄腔内も、その投与経路のひとつです。これは比較的安全ですし、長期的にみても合併症もあまり起こしません。これについては後ほどみなさんから質問を受けたいと思います。オピオイドを経口できちんと使ったとしても、オピオイドの単独使用ではメリットはまずありません。ブピバカイン(マーカイン、商品名)とモルヒネを一緒に使うことが非常に有効です。私どもは、錠剤ではなく、持続注入に限っています。ラインを髄腔内に18カ月入れておいた経験がありますが、患者さんがラインを入れたまま歩き回っていても問題はありませんでした。クロニジン*のような薬剤を併用することもできます。
〔*注:α2ブロッカーとしてのクロニジンの鎮痛効果は最近、神経原性疼痛に対して経口的あるいは髄腔内投与として欧米で実験的に使用されるようになった。しかし日本では、内服薬のカタプレス(商品名)があるのみ〕
 疼痛コントロールの新しい薬を検討する場合には、神経原性疼痛について考えてみることは役に立ちます。
 図16は、一般的な鎮痛の段階を、神経原性疼痛の鎮痛の段階に変更してみたものです。少量のアミトリプチリン(トリプタノール、商品名)のような薬剤は、疼痛コントロールをスタートさせるには適切だという結果が雑誌などに発表されて、よく知られていると思いますが、たしかに夜間に25mg1回という少量で良好な効果がみられます。
 それから、抗痙攣薬のガバペンチン〔注:日本では未発売〕の長所には興味をひかれます。カルバマゼピン(テグレトール、商品名)に比べて副作用がずっと少なく、最大限の投与を4日間安全かつ急速に持続点滴することが可能です。ただ、神経原性疼痛に対する効果は、現在は証拠集めの段階です。“ガバ(GABA-)”という名がついているので、γ-アミノ酪酸受容体に作用するのではないかと思われるかもしれませんが、この薬はカルシウム・チャンネルブロッカーです。ただ、疼痛を緩和するメカニズムはわかっていません。
 ケタミン(ケタラール、商品名)は、あとで説明しますが、アミトリプリチン、ガバペンチンでうまく疼痛コントロールできなかった場合に、次に選ばれるべきオピオイドで、メサドンのようにNMDA-グルタミン酸受容体をブロックします。
 神経原性疼痛の鎮痛の次のステップとして、髄腔内投与を行ない、その次に神経ブロック、ついでセデーションという順になります。ただし、セデーションは最後の手段で、私自身はセデーションを勧めはしません。
 そしてNMDA(N-メチル-D-アスパルレイト)-グルタミン酸受容体についてですが、これは脊髄・後角において重要な役割を果たしており、これをブロックすると、後角ニューロンの感受性が鈍ります〔図17〕。また、神経原性疼痛の“亢進(wind-up)”を弱めます。この亢進という現象は、C線維の刺激によって生じたニューロンの炎症(firing)を引き延ばしたり増強したりするというものですから、NMDA-グルタミン酸受容体をブロックすることで、神経原性疼痛において見られるAllodyniaや痛覚過敏を減少させたり消失させたりできるのです。もうひとつの効果として、オピオイドの効力が向上するのですが、どうしてそうなるかはまだわかっていません。なおNMDA-グルタミン酸受容体は、通常はマグネシウムやケタミンのような薬剤によってブロックされます。
 ここで、新しい鎮痛薬をあげておきましょう。まずケタミンです〔図18〕。これはNMDA拮抗薬で、κ-オピオイドおよびμ-オピオイドの作用もあります。ケタミンはこれまでは麻酔薬に使われることが一般的でしたが、50〜600mg/日といったきわめて低量の投与で、鎮痛作用があることがわかってきました。また、神経原性の疼痛や、骨が不安定になっているための皮膚や体動による疼痛に有効であることもわかってきました。経口による生体内の有効率は10〜25%と低いものの、活性代謝物が蓄積します。現時点では、安定するまでの時間をもたせれば、経口・非経口ともに同じ効果があるとみられています。副作用はありますが、600mg/日以上の投与の場合だけです。たとえば、25mg経口8時間毎といった低投与でスタートさせて、1日の持続点滴を5割ずつ増していくやり方でなら、幻覚、高血圧、頭痛、めまい感、頭蓋内圧亢進といった副作用に耐えられるようになります。
 続いては、トラマドール(クリスピン、商品名)です〔図19〕。これは、オピオイド作動薬です。NAdr/5HT再取込み抑制薬(インヒビター)で、ごく最近に使われ始めた鎮痛薬です。ただ私たちは、たしかに作用機序には興味をひかれますが、弱オピオイドのコデインと大差なく、緩和ケアでのメリットは少ないとみています。

4 嘔気・嘔吐への対処
 次に、患者さんにとって疼痛と同じくらいに辛い嘔気や嘔吐についてです〔図20〕。
 嘔気や嘔吐の際には、動物実験から明らかになったことですが、脳内で事実上“ケミカル・サンプリング”を行なっているポストリーマ(postrema)ゾーンという部位に、ドーパミン受容体が非常に集中していることがわかりました。この事実から、効力のあるドーパミン拮抗薬を使うことで、嘔気や嘔吐を化学的にコントロールすることが可能になっています。そのドーパミン拮抗薬であるハロペリドール(ロレネース、商品名)は、オピオイドをはじめとした大方の化学的原因による嘔気には非常に効果があります。
 また動物実験から、嘔気や嘔吐の際には、ヒスタミンとコリン作動受容体が迷走神経に沿って集中していることもわかったので、迷走神経興奮・頭蓋内圧亢進に対しては抗ヒスタミンおよび抗コリン作動作用のあるシクリジン〔注:日本では未発売。後述〕が使われています。
 患者さんに胃内停滞のサインや症状がある場合には、消化管運動亢進薬のドンペリドン(ナウゼリン、商品名)、メトクロプラミド(プリンペラン、商品名)、シサプラミド(アセナリン、商品名)などを使います。この処方で、進行性疾患の嘔気や嘔吐については、24時間以内に70%コントロールあるいは48時間以内に93%コントロールといった高い割合でコントールできることがわかっています。
 嘔気や嘔吐へのベッドサイドでの対処法をあげておきましょう〔図21〕。
 患者さんに嘔気はないが、主として大量の嘔吐をしている場合には、まず胃内停滞が考えられ、一般的には食道の逆流、上腹部の疼痛、吃逆も伴います。これらに対しては、消化管運動亢進薬のドンペリドン、メトクロプラミド、シサプラミドを用います。患者さんに嘔気がほとんどなく、嘔吐も少量の場合には、いくつかの可能性が考えられます。逆流であれば嚥下困難ということで、上部消化管造影検査が必要になります。バリウムを飲んでもらってモニターすることで、いろいろな情報を得ることができます。胃に膨満感があれば胃アトニーということで、吸引を行なって、消化管運動亢進薬を投与します。肝臓の肥大や、腹水、腫瘍によって胃が圧迫されている場合にも、消化管運動亢進薬を投与します。
 もうひとつ考えておかなければならないのは頭蓋内圧亢進です。嘔吐が主症状の場合は、薬剤や細菌毒素のような化学的な原因であれば、夜間に3mg1回といった低量のハロペリドールを処方することで十分です。別の症状のケースなら、シクリジン**を150mg/24時間で処方するか、同類の抗ヒスタミンかレボメプロマジン(ヒルナミン、商品名)を夜間に5〜25mg使います。このレボメプロマジンは、制吐薬として広範囲に効く薬で、1日1回の低量で使うことができます。
〔**注:シクリジンは、H1 antagonistの抗ヒスタミン剤で、中枢抑制による制吐作用がある。日本では発売されていないが、近似薬としてアタラックスP(商品名)がある〕
 なお、最新の制吐薬としてオンダンセトロン(ゾフラン?ム商品名)/グラニセトロン(カイトリル、商品名)があります〔図22〕。これについては検討された方もいらっしゃると思いますが、化学療法による嘔気と嘔吐に有効ですが、高価です。ただ、これまでの緩和ケアではほとんど必要とされておりません。というのは、化学療法による嘔気と嘔吐はきわめて独特のもので、進行性の疾患にみられる嘔気や嘔吐の原因とは異なっているということ、そして緩和ケアで使うくらいの量では、製薬会社には利益がでないことによるものです。

5 呼吸困難への対処
 次に呼吸困難についてお話しします〔図23〕。呼吸困難は、進行性の疾患においては最も辛く、患者さんを不安に陥れる症状で、「痛みでは死ねないが、呼吸困難では死ねるよ」という患者さんもいるほどです。進行性疾患の患者さんの60%が、なんらかの呼吸困難で苦しんでいるのです。
 一番効果のある対処法は、呼吸を整えるやり方を患者さんに教えることです。その中には、呼吸法のけいこやリラクゼーションのテクニックも含まれます。英国では現在、一部のホスピスで、こうした呼吸困難のクリニックが利用できるようになっています。
 とはいえ、時には薬剤も効果があり、とくにオピオイドは呼吸困難を緩和する場合があります〔図24〕。オピオイドは炭酸ガスの上昇に対する中枢の感受性を低下させ、血管拡張薬として作用するので、心不全には有効です。それから、粘膜の分泌を減少させます。また、気道内のオピオイド受容体を刺激することがわかっていますが、それによってどんな効果がでるのかはまだ明らかになっていません。
 その、オピオイドの吸入については〔図25〕、これまでに試してみたところでは、一部の患者さんで効果がありましたが、全体としては、オピオイドを吸入してもがん性呼吸困難に対する有効性は立証されるまでには至っていないのが現状です。
 また、呼吸興奮薬とされるものがあります〔図26〕が、緩和ケアではほとんど使われていません。ただ、大麻からつくられたナビロン〔注:日本では使用不可〕は、気管支拡張薬として作用することがわかっており、100〜200μg・8時間毎/日で有効な場合もあります。この投与量では、副作用はほとんどありません。

〔注:本講演を含むレナード医師の2つの講演で“呼吸困難”と訳した英語は、breathlessnessであり、医学用語のdyspneaではない。レナード医師から直接うかがったところでは、患者さんが自分の“症状”(symptom)の説明によく用いている言葉を流用したとのことである。symptomが患者さんの主観的な情報であり、signがその客観的な情報であることを踏まえれば、breathlessnessを“呼吸困難感”と訳したほうがdyspneaと明確に差別化できるかもしれない。ただ、“呼吸困難感”という表現が硬いので、この場合の適切な日本語として、ベッドサイドでの患者さんの表現を流用して、“息切れ”“息苦しさ”などとするのがいいかもしれない。“症状”とは、患者さん本人の感じ方の表われであるという点に、改めて留意しておく必要がある〕

6 悪液質への対処
 最後に、もっとも難しい症状である悪液質への対処について触れておきます。悪液質への対処は、進行性疾患の問題への対処として、科学的で学際的で全人的なやり方が必要だという好例です。
 悪液質症候群は、食欲不振、無力感(倦怠感)、体重減少、貧血、沈下性浮腫などから成ります〔図27〕。また悪液質の現象としては、筋肉喪失によって身体が衰弱し、食事の回数および量が低下し、身体イメージが変化したり機能が喪失したり呼吸困難になったりして、悩み苦しんだりします〔図28〕。
 進行性の疾患の場合に、呼吸困難になるのは悪液質によって筋肉が落ちてしまうからと考える患者さんがいますが、悪液質は飢餓によるものではありません〔図29〕。栄養不良によるものでもありません。また、腫瘍に負けたからでもないということもおわかりいただけると思います。悪液質は、がんに限ったことではなく、エイズその他の慢性疾患においてもみられます。それから、経口・非経口を問わず、栄養摂取によって改善することもありません。悪液質は、全身的な炎症性反応(SIR)によるもので、サイトカインその他の仲介物(例、PAF)を通して起きるものなのです〔図30〕。
 この悪液質に対して、私どもがベッドサイドでどのように問題解決しているかというと〔図31〕、予後が短くて日ごとに衰弱している場合には、患者さんが望む限り、水分補給や食事で気持ちを和らげてもらいます。 ただし、患者さんの気持ちがよかったり眠っている場合には、水分補給や食事の提供はせず、口を清潔にし湿らせる程度です。最後の数日は、落ち着いていて穏やかな状態の方が多いようです。
 悪液質の症状コントロールに限りませんが、これらの症状の問題解決の主体は誰か、ということを理解しておくことは大事なことです〔図32〕。まずは、患者さん自身の意思を尊重します。これがいちばん大切であり、次にパートナー、家族、看護婦、医師その他のスタッフとも話し合って総意をまとめることです。裁判所の決定を仰ぐのは最後の手段にしたいものです。
 その他にも取り除くべき問題がいろいろあるでしょう〔図33〕。患者さんが不安がっていたり自分の殻に閉じこもっていないかどうか。嚥下障害など口腔に関する問題があるかどうか。患者さんが衰弱していたり傾眠がちだったり身体機能が低下していたりしていないかどうか。それらの原因を見つけだして取り除くべく援助するわけですが、場合によっては作業療法や理学療法を頼んだりもします。
 疼痛、嘔気、嘔吐、感染症、臭気も取り除く必要があります〔図34〕。薬剤が原因の食欲不振もなくすようにします。配膳が適切かどうかのチェックも忘れないでください。小さな器に食欲をそそるように盛り付けられているか、大がかりな食事よりも軽く食べられるような食事になっているか、熱いものは熱く冷たいものは冷たく、味・食材・調理法などバラエティに富んだメニューになっているかどうかなどにも気を使うことです。
 また、環境にも配慮すべきです〔図35〕。コーヒーや、クッキー、来客、アルコールを楽しんだり、揚げ物のような不快な匂いがないか、よだれがたれてバツの悪い思いをしないようにプライバシーを保障することも大切です。また、患者さんの属する文化の食べ物を求めているならば、それを用意します。
 しかしながら食欲不振が依然として存在する場合には、ビタミン不足や薬剤や口腔の問題で味覚が変わったのではないかと考えてみます〔図36〕。問題がなくならない場合には、食欲増進剤を使うこともあっていいでしょう。ただし、短期間しか効き目がなかったり、副作用があったりするので、悪液質症候群のコンロールについてさらに理解を深めて、薬剤を用いるべきケースもでてきます〔図37〕。
 悪液質症候群をコンロールする薬剤としては、コルチコステロイドや酢酸メゲストロール***がありますが、これらの作用は短期間で副作用もあります。メロキシカム〔注:日本では未発売〕のような比較的新しい非ステロイド性消炎薬で、たんぱく質の減少を改善することもできますが、やはり副作用があります。さらに新しい知見としては、魚の脂肪酸であるEPA(エイコサペンタエン酸)が、とくに、膵臓がんによる体重の減少を防止し、余命を延ばすことがわかってきました。また、全身の炎症反応(SIR)を抑制し、悪液質による代謝変化の一部も改善します。
〔***注:酢酸メゲストロールは日本では発売されていないが、近似品の酢酸メドロキシプロゲステロン(ヒスロン、商品名)が使用されている〕
 悪液質についてはこのように、患者さん自身、パートナー、看護婦、医師、その他の専門家を含めた形で患者さんの全人的なケアをめざすとともに、科学的手法をいかに総合してみていくかが重要なのです。こうすることで、緩和ケアがよりすばらしいものになっていきます。
 以上本日は、症状コントロールの最新情報をみなさんにお伝えできたのではないかと思っております。WHO(世界保健機関)のがんおよび緩和ケア部前主任ヤン・スティルンスヴァルト(Jan Stjernsward)の言葉を最後に紹介しておきましょう??「自分たちが持ち合わせている知識に従って行動することほど影響力のあるものはない」〔図38〕。
 ありがとうございました。


――質疑応答――

司会(田中) レナード先生、ありがとうございました。
 質問を受ける前に、緩和ケア用の薬剤が多数あげられましたので、日本での使用状況に即した補足説明を、加藤先生にお願いします。
加藤(かとう内科並木通り病院)) 私は薬理の十分な知識を持ち合わせておりませんので、会場に薬理の先生がいらっしゃいましたら、あとで補足していただきたいと思います。
 まず“3 薬学の最新知見”で紹介された薬剤ですが、メサドンという鎮痛薬は現在、英米では麻薬中毒患者の代替薬として使われていますが、日本では使われていません。それからフェンタニールは、フェンタネスト(商品名)としてみなさんよくご存知だと思いますが、麻薬前投薬として使われています。脊髄内投与で使われているブピバカインは、日本ではマーカインという商品名で使われています。ケタミンはケタラール(商品名)で、みなさんもよくご存知でしょう。トラマドールは日本では最近、消炎鎮痛剤として使われているもので、商品名はクリスピンです。
 “4 嘔気・嘔吐への対処”でのシクリジンは抗ヒスタミン作用を有する薬ですが、現在日本では使われていないと聞いております。これに似た薬で日本で使われているものは、アタラックスP(商品名)などがあります。
 次に“5 呼吸困難への対処”で紹介されたナビロンは、呼吸興奮薬として説明されましたが、これはご存知のように大麻の類なので、日本では使われていません。
 “6 悪液質への対処”での酢酸メゲストロールは、ヒスロン(商品名)のような薬で、乳がんなどに使われているようですが、非常に高価でイギリスでもあまり使われていないと聞いています。メロキシカムは、ピロキシカンの誘導体ですが、これについても現在日本で使われているかどうか、私自身はチェックできていません。
司会 ありがとうございました。それでは質問を受け付けます。

髄腔内投与の詳細について
会場A 髄腔内投与の鎮痛についてですが、なぜ硬膜外ではなく髄腔内なのでしょうか。硬膜外に投与する場合との違いと利点をお聞かせください。もうひとつ、副作用がなくて約18カ月も疼痛コントールができたということですが、感染症とか運動神経などに関する影響がまったくないというのは考えにくく、硬膜外なら可能だと思うのですが、いかがでしょうか。また、使っているブピバカインの量、投与経路、器具についてお聞かせください。

レナード まず、髄腔内投与を硬膜外投与と比べた場合のメリット、デメリットについてお話します。ほとんどの方は硬膜外投与を経験していると思いますが、その方法からすれば、カテーテルを差し込んで外部から髄腔内へ投与することは奇妙だと思われるかもしれません。しかし、髄腔内投与を20年間にわたって実施してきたスウェーデンの医師たちの経験と研究があり、私どもはそれを拠り所にしています。彼らの研究の結果、髄腔内投与は、硬膜外に比べて3週間までは問題が大きいものの、それ以降は髄腔内投与のほうが合併症が少ないという結果が出ています。
 興味深いことに、感染症の発生については差がありません。スウェーデンの医師たちの経験と私たちの経験からいっても、いったん感染症にかかった場合には、硬膜外ではなかなかそれを抑えることができませんが、髄腔内では感染源を抑えたり抗生物質を使って治療することが簡単であることがわかりました。
 とはいえ、髄腔内投与は非常に注意して行なわなければならないと、スウェーデンの医師たちは言ってますし、私たち自身も、感染の防止は独自に考えています。管の中に何かが入ってしまうことはつねに考えていなければなりません。フィルターも考えていますが、実際には菌が外部から侵入することがあるので、管の出口側が重要であるという考えで対処しています。
 カテーテルの場合は、局所的な反応が起きることはありませんが、発赤があれば、まず感染を考え、そこにヨウ素をスプレーしたり、抗生物質を注射したりします。局部麻酔ではブピバカインを使っています。それ自身に抗菌作用があるので、身体の中心部に抗菌物質を入れているということです。
 それから運動機能の問題については、局部麻酔を行ないながら髄腔内にモルヒネを少量投与していくわけですが、私たちの投与量は、痛みがなくなるのに十分な程度で、たとえば感覚や運動機能の喪失になるほどの量は使っていません。このようなやり方をしているので、長期間にわたって管をつけていられるのです。私どもの最長記録は先ほど紹介したように18カ月ですが、スウェーデンでは3年というケースがあります。
 局部に神経麻痺があったり神経根に損傷があったりする場合は、低量であっても、運動機能にかなり大きな衝撃がありますから、場合によっては感覚の消失と疼痛の緩和のバランスをとる必要があります。患者さんの中には、少数ですが、感覚が喪失するよりは痛みがあるほうがいいと言う方もいるからです。
 投与量についてですが、硬膜外でオピオイドを投与する場合は、経口などの投与に比べて約10倍の効力があります。髄腔内投与の場合はそれのさらに10倍の効力があるので、量は少量になります。私どものモルヒネの投与量は、最初は5mg/24時間で始めます。30mg/日の投与量というのはめったにありません。私どもは、丸薬で一度に大量投与してみた経験がありますが、大量投与でブロックするというのはリスクがあるので、皮下注と同じようなやり方でインプラントポンプを使って持続注入することにしています。これだと、非常にシンプルで直接的で安い方法ですし、リザーバーも必要ありません。
 これで、お答えになったでしょうか。

呼吸困難とモルヒネ投与について
会場A もう一つ、呼吸困難についてですが、レナード先生は、薬の占める意味あいはあまり大きくないと言われました。私は内科医なので、経口モルヒネはよく使っており、それを呼吸困難の改善のために外来でも積極的に使いたいと考えているのですが、先生の経験とご意見をお聞かせください。たとえば、呼吸困難感を訴えるがん末期の患者さんに、いつ頃からどういう基準で使ったらいいのか、それとも、おっしゃられたように投与の意味はあまりないのなら、なぜなのかをお願いします。

レナード 呼吸困難には、確かに薬剤は役に立ちません。医師もあまり大きな役割は果たせません。看護婦さんたちが一番重要なのです。その次がPT(理学療法士)、それからOT(作業療法士)で、医師は4番目という順位になります。
 次に、呼吸困難とモルヒネについては、その話をする前に、まず私が知っている英国の実情を紹介しておかなければなりません。英国の病院では、呼吸困難の患者さんに対して、最も簡単で最も基本的なことが実際にはあまり行なわれていないという実情があるのです。その「最も簡単で最も基本的なこと」とは、たとえば、患者さんの近くの窓を開けて冷たい風が患者さんの顔に当たるようにしてあげるということなどです。そうすれば、呼吸困難の症状がかなりよくなることがあるのです。あまり冷たい風はいけませんが、患者さんのベッドのすぐ横に扇風機を置くのも非常にいいことです。また、患者さんを椅子に座らせてあげるということです。英国のホスピスでは、非常に重篤な患者さんで最期がかなり近づいてきたという場合に、ベッドに横たえることがよく行なわれているのですが、これには私は驚いています。どうして横にしなければならないのか……患者さんは座ったままでも、安楽な状態で穏やかに亡くなることがあります。座ることは理にかなったことで、引力の作用で横隔膜が下がり、呼吸が楽になるのです。
 
今話した2つのシンプルなこと、風を送る、90度か少なくとも45度くらいに座らせるといったことを行なえば、呼吸の状況はかなりよくなります。このほかにも、テレビをつけたり音楽をかけたりして、気を紛らわすようにしてあげることも効果的です。「肩を楽にするといいですよ」と話してみることもいいことです。なによりも重要なことは、誰かが一緒にいてあげることです。ただし、パートナーやご家族には、患者さんが呼吸困難になったら、患者さんの目の前には座らないでくださいと言っています。というのも、そういう症状になると、患者さんは、おびえます。その様子を見たパートナーやご家族が、ぎょっとし、それを目の当たりにした患者さんが、いよいよおびえるということになります。ですから、そういう時は患者さんの横か後ろに座って、マッサージをしてあげたりするのがいいんですよと伝えています。
 なお、ロンドンにあるロイヤル・マーズデン病院の緩和ケアのスペシャリストナース・グループが、呼吸困難への対処法として非常に興味深い研究を行なっています。被験者を無作為抽出で選抜し、コントロールするグループとコントロールしないグループに分けて行なわれた研究では、患者さんにリラクゼーションのけいこや呼吸訓練をしたグループで呼吸困難が半分に減るという結果を得ました。これは非常に説得力ある研究でした。
 さて、呼吸困難へのモルヒネの使用についてですが、疼痛の対処の時とまったく同じで、必要に応じて使い始めるといいと思います。呼吸困難の場合は、少ない投与量でもいい結果が出るので、量をそれほど増やす必要はありません。モルヒネについてはみなさんもよくご存知のように、呼吸困難でも疼痛緩和でもモルヒネを使っても安全でして、心理的な依存症になることはまずありません。私の経験では、依存症は15年間で2例だけでした。疼痛緩和の場合、薬に対する耐性がすぐになくなるということはなく、徐々に増量していきさえすれば、しっかり覚醒していて自動車を安全に運転している患者さんもいました。最初の持続注入の時期が過ぎたら、あとはもう心配ないでしょう。
 いい質問をしていただいて、ありがとうございました。

呼吸困難とモルヒネの吸入について
会場K(かとう内科並木通り病院) 呼吸困難について続けてお聞きします。レナード先生は、モルヒネは吸入に対する効果はあまりないとおっしゃいましたが、“Oxford Textbook of Palliative Medicine”の中にセント・クリストファー・ホスピスの研究として「モルヒネの吸入は局所作用のみだがかなり有効で、安全である」と載っています。これについてはいかがでしょうか。

レナード 確かにモルヒネの吸入は、数年前まではよく行なわれおり、ほかにはない方法ということもあって、その頃はたいへん人気のあるやり方でした。しかし最近では、批判的な見解がでてきました。被験者を無作為抽出で選抜し、コントロールするグループとコントロールしないグループに分けて行なわれた研究では、モルヒネの吸入効果はないという結果がでて、がっかりさせられました。
 ただ、その研究では、吸入で効果があった患者さんが、わずかですが、いました。大多数には効果がなくても、効果がでる人がいることも事実です。むずかしいことに、モルヒネを吸入することでストレートに血流に入って効果がでたという可能性は否定できませんが、効果がなかった人もいたわけです。吸入による投与量の3%が血流に入るという研究結果もありますが、私どもは疑問に思っています。その結果が正しければ、気道の中のオピオイド受容体には影響があるといえるでしょう。しかし今のところ、その効果があるかどうか、自信をもって結論づけるところまではいっておりません。
 みなさんがこの吸入効果を試したいのでしたら、最初はオピオイド5mgから始めてください。それと生理食塩水2mlを合わせ、5〜10分くらい吸入してもらうのがいいと思います。それで楽になるようでしたら、次に生理食塩水だけでも同じような効果があるかどうかのチェックされるといいでしょう。
 なお、ひとつ気をつけていただきたいのは、人によっては重篤な急性の気道閉塞を起こすことがあるので、それを防ぐ手段を講じておいてください。

会場K 呼吸困難というのは非常に多くの原因があり、たとえば、胸水がたまって呼吸のスペースが十分でない場合は、もちろんモルヒネの吸入は効果的ではないと思います。また、大きな不安があったりしてそれが呼吸困難を悪くしている場合には、一般的には有効ではないように思います。しかし私たちの少ない経験では、かなり有効な方が多いのです。研究は行なっていないのですが、呼吸スペースがまだ残っている方たちの場合にも、モルヒネの吸入は有効に作用するのではないかと考えています。
 それから、先ほどあげたオックスフォード・テキストブックには「リドカインの吸入はスパスムスが起こるからきわめて危険だが、モルヒネの吸入に関しては、スパスムスが時に起きるものの、それほど危険ではない」と記載されていました。日本ではモルヒネの吸入が少しずつ広がってきているので、吸入について、今後さらに研究が必要ではないかと思っています。

浮腫への対処について
会場B 重篤な全身浮腫の治療にはアルブミンとかたんぱく製剤を使えばいいのですが、保険で限度があるので、そういう治療を諦めなければいけないことがあります。他にいい方法がありますでしょうか。

レナード 重篤な浮腫に関してという、いい質問をいただいてうれしく思います。こういう状況にいる患者さんは、歩けなくなったりベッドにいる時間が長くなったりしますし、皮膚の圧迫という問題にも対処しなければなりません。
 最初にしなければならないことは、原因を探ることですが、がんの場合、原因はさまざまで、処置できる場合もあります。たとえば、足の血管が閉塞している場合には、ステロイドを使うとか放射線療法を行なうとかします。
 それからリンパ浮腫、これは骨盤に腫瘍がある場合に起きますが、これにもステロイドを使います。慢性の重篤な患者さんの場合は、以前受けた放射線治療や腫瘍が原因になって線維症を起こし、リンパ流をブロックしてしまうことがあります。したがってリンパ浮腫に関しては、ヨーロッパや英国では、ストッキングやサポーターをつけた上で足や足の付け根をマッサージして浮腫をなくすということをしています。
 もうひとつは、アルブミンの欠乏による重篤なリンパ浮腫ですが、これは、数日か数週間という短期間で起きてしまうことがあります。アルブミンを注入しても腎臓から出ていってしまって、その効果は長続きしませんから、保険の認可が受けられないというのは正しい判断かもしれません。
 そういう場合には、私どもは、EPA(エイコサペンタエン酸)で状況が改善できないかどうかと考えています。これは新しい方法ですから、まだはっきりした証拠がでていませんが、たとえば、英国内では、膵臓がんの患者さんに大規模なトライアルを行なっています。数カ所のホスピスが関わってEPAの調査をしています。EPAを使って体重の減少を抑えられたかどうか、食欲が回復したかどうかを調べています。結果はまだでていませんが、もしかしたら浮腫も抑えることができるのではないかと期待しています。私どもの今までの研究ですと、経口で1日6gと1日2g投与してますが、どちらも同じような効果になっています。

症状と尊厳とコントロールについて
会場(吉備国際大学学生) ソーシャルワークを学んでいるものです。一般市民から見てターミナルケアは、患者さんの尊厳を大切にする場だと思います。今の医療は、医師が患者さんに対して「こういう治療しかないんですよ」というパターナリズムで成り立っていると思うのです。しかしこれからは、患者さんが自ら治療を選択できる医療を目指さなければならないと考えています。これは、患者参加による治療だと思いますが、この場合、レナード先生のお話の中の「誰が決めるのか」というところで、「まず患者さん」とありました。その患者さんが、痛みから解放されたいとして死を選ばれた場合、医師としてはどのようなアプローチをされるのでしょうか。医療従事者や家族が死を否定した場合は、患者さんの尊厳を否定していることになるのではないかと思うのです。日本と英国での、その場合のアプローチの違いを教えていただけたらと思います。

レナード 非常に重要な質問で、私たちが抱えている逆説だと思います。
 私は先ほど、「患者さんには選ぶ権利がある」と話しました。患者さんが死を選んだ場合、自分の人生を短くするという結論になるわけですよね。こういう場合の問題の原則も、他の原則と変わらないと考えます。まず、患者さんがどうしてそうなったのかという原因を探らなければなりません。もしかしたら、痛みがあるからそう言ったのかもしれません。痛みが緩和されると死にたいという希望がなくなるということを、私たちは実際に経験して知っています。
 非常に大きな痛みを抱えて私どものホスピスに来られた患者さんがいました。この患者さんは、「このまま生き続けたくないので、注射かなにかで自分の人生を終わらせてほしい」と言いました。私どもはその話を聞きながら、1週間2週間と疼痛緩和を続けました。ある日、患者さんが私を静かに呼ぶのです。「自分が最初に言ったことを覚えていますか」。私が「注射かなにかと言ってましたね」と言うと、「先生、するんですか」。「いいえ」と応えると、「よかった。今は痛みはなくなっているんですが、最初にお願いしたので、もしかしたらされるんじゃないかと心配していました」と。
 さて、こういうはっきりした原因がある人と違って、問題は、苦痛もなく身体的にも特に症状があるわけではないのに、死にたいと言う人がいることです。QOLがよくない、自分が生きていると家族の負担になるし、お医者さんにも看護婦さんにも負担をかけているだけなので、こういう形では生きていたくないと言う方もいます。このような患者さんの場合には、負担になるという感情が、重症の“うつ”の症状を示している可能性があると考えることも必要です。この状態が単独で現われることはなく、他の症状と合わさって起きます。気分が落ち込んだ状態が4週間以上も続くという場合には、「なかなか直らない」という表現で、誰が訪ねてきてもなかなか気がまぎれない、お気に入りのテレビ番組を観ても気がまぎれない、機嫌がなかなかよくならないといった状態のことを、言おうとしているのです。こういう状態が4週間以上続く、自分が誰かの負担になっていると思う、早朝に目がさめてしまう、一日のうちで気分が変わってものすごく落ち込むことがある、こういった4つのことが重なった場合、重症のうつ状態と診断します。
 みんながみんな、こういう状態になるわけではありませんが、進行性の疾患の患者さんの場合は、かなりの確率で起きます。カウンセリングを必要とする場合もありますし、心理療法を試みる場合には心理療法士に行なってもらいますが、反応が現われるまでに8週間ほどかかってしまいます。認知療法を行なうこともあります。認知療法とは、いま自分が置かれている状況をどう考えるかをさまざまな角度からみようとするもので、これも6週間ほどかかります。
 そして一番効果が早いのが薬剤、すなわち抗うつ剤で、2週間ほどで効果が現われます。英国では、レセパミンやカバミンといった抗うつ剤を使います。私どもは、進行性疾患のそうした患者さんにSSRI〔選択的セロトニン再取込み阻害剤(デプロメール・商品名、ルボックス・商品名)〕も使ったことがあります。ただ、最初の24時間は嘔気や嘔吐がひどくて問題があり、終末期の重篤な患者さんには使えません。このような場合は、三環系の抗うつ薬を使います。ペパミン、エメパミン、レセパミンといった最新薬も使ってます。うつ状態にはそのように対処します。
 しかし中には、重症のうつ状態の兆候もない人、疼痛のない人、元気そうに見えるのに自分のQOLが気に入らない人が、少数ですが、います。私が出会ったひとりの患者さんの話をしましょう。独身のキャリアウーマンでバリバリ仕事をしていた人で、進行性のがんになって重篤な状態になり、1週間ごと1日ごとに状況が変わっていき、余命がどんどん短くなっていました。彼女は、うつでもないし、精神的に落ち込んでいるわけでもないし、疼痛があるわけでもないのに、自分のQOLを受け入れることができないと言うのです。「こういう形では生きていくことができないので、注射か何かで殺してください」と言うのです。「先生がしてくれないなら、ロンドンにそういう医者がいることを知っているのでそこへ行く」とまで言いました。
 そこで私たちは、彼女としっかり話し合いをしました。覚醒して起きている状態のときがつらくてたいへんだということなので、夜の時間を長くしてはどうかと提案しますと、それを受け入れてくれました。そこで、ミダゾラム(ドルミカム、商品名)を夜間18時間投与しました。彼女が起きているのは、友人が来る昼間の2〜4時間だけでした。なお、みなさんにはここで、この患者さんは日々悪くなっている重篤な患者さんであり、余命が何カ月もありそうな患者さんとは違うということを、改めてよく承知しておいてください。
 2日もすると、昼も起きているのがイヤだと言い出しました。友人にも家族にも別れを告げたので、なんとかしてほしいと言います。それなら、「常時眠っている状態にできるが、それでいいか」と聞きますと、それでいいということになり、24時間眠らせることにしました。細心の注意を払って、彼女が眠れるだけの投与量にしました。私たちは、彼女がこの状態であと2〜3日しか生きられないだろうと予測していましたが、実際にはこのセデーションを行なった状態で1週間生きました。1週間後に、穏やかな死を迎えました。
 セデーションが死を引き起こしたのではないか、私たちがセデーションで彼女を殺したのではないかと思われるかもしれませんが、そうではないと私たちは考えています。3日間しか生きられないだろうという私たちの予想に反して、彼女は1週間生きました。ですから、セデーションが死に結びついたのではなく、セデーションを行なったことで身体がリラックスし、若い女性でしたので衰えてしまうまで時間がかかった、つまり生き延びたのです。
 私たちは、彼女の願いをただちに受け入れたわけではなく、いろいろな代替案を提案して、その上で了承してもらったということです。
 ただ私たちは、このセデーションは失敗だったと考えています。私としては、彼女のQOLが悪いということであれば、それをなんとかしたいという気持ちがありました。亡くなる瞬間まで覚醒状態にしておきたいという気持ちがありました。
 痛みがひどい人、重症の呼吸困難の人、大きな恐怖心を抱いている人で、ほかに方法がない場合は、セデーションを行なうことが正しい選択になることもあるでしょうが、セデーションを始める場合はとくに、患者さん本人にはもちろん、ご家族、看護婦、他の医師など、患者さんの周りにいる人たちには必ず確認をとることです。そうして得られた最終結論が、セデーションということになれば、必要なだけの量の鎮静剤を持続注入します。その量についても数日ごとに検討します。もし、それで疑問がでてきた場合は、持続注入の量を減らしていくのか、そのまま続けるのかを考えます。
 なお患者さんの中には、恐怖心が強すぎてパニック状態になる方もいます。そういう場合には、24〜48時間のセデーションを行なうと、目が覚めたときに状態がよくなっている人がいます。

司会 レナード先生、長時間にわたり、またいろいろな質問に丁寧に応じていただきまして、どうもありがとうございました。時間がきたようです。なお、今回の講演を企画し実行に移していただいた、かとう内科並木通り病院の加藤先生にもお礼を申し上げます。会場のみなさま、どうもありがとうございました。


◇◇◇
 今回のレナード医師の来日費用および講演等の全ては、当院の患者様・ご家族の篤志より成る、並木基金の援助によりまかなわれました。



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