No.5 1999年12月


緩和医療研究会第25回研究集会・講演
英国セントオズワルドホスピスのクロード・レナード医師をお迎えして(1)

平成11(1999)年11月14日夜 三光荘パブリゾン(岡山県職員会館)

編集註:本稿は、平成12〔2000〕年2月発行の緩和医療研究会機関誌『緩和医療』第8巻第2号通巻第16号に掲載されており、許可を得て転載しました。なお、見出し等に異なっている箇所があります)



挨拶:
 岡山大学医学部第一外科 田中 紀章 教授(緩和医療研究会代表世話人)
司会:
 かとう内科並木通り病院 院長 加藤 恒夫(緩和医療研究会世話人事務局)
通訳:重松 加代子


はじめに
司会 英国ニューカッスルのセント・オズワルド・ホスピスのコンサルタント、クロード・レナード医師を迎えて、ただいまから来日記念講演を開催いたします。初めに田中紀章先生からご挨拶をいただきます。

田中 私は外科医として30年ほど歩んできましたが、その中で緩和医療との初めての出会いというか思い出といいますと、20年ほど前のことになります。その頃の外科医の日常というものは、たとえばがん患者さんについてですと、その苦痛の声というものを絶えず聞かされていて、それが怖いというか、それに耐えなければならないというのが普通であったように覚えています。そうした苦痛の訴えからなんとか脱したいと考えていたところに、ちょうどブロンプトンカクテルの情報が入ってきたので、その処方箋を薬剤部に示して交渉してつくってもらった……それが20年ほど前でした。
 その後、勇敢な外科医のチームもこの緩和医療の分野に入ってくるようになり、そしてやがて病院にもホスピス、緩和ケア病棟ができるようになり、さらにはホスピスが独立して、単独で運営されるようになってきたのが現在ではないかと思います。
 こういう日本の緩和ケアの流れの中で、私達外科医のようにキュアをめざす専門医たちと緩和ケアをめざす人たちとの交流交換というものが強く意識されるようになり、その連携が進んで、さらには患者さんのQOLをさらに上げたいと望まれるようになり、それは、在宅医療の中で緩和ケアを実現しようという流れになっております。一方、この流れの中で大学にいる私のような者の役割は何かといいますと、何よりもこの緩和医療のことを医学教育の現場の全てに紹介して植え付けていくことであると考えています。
 さて、その緩和医療やホスピスの運動は、イギリスに端を発し、イギリスが今も先駆者として先端を走っています。その姿を見ることができるからこそ、我われは比較的早く緩和医療を実践することができるようになっているわけで、今では病棟の中でがんの患者さんのうめき声を耳にするというようなことは、ほとんどなくなりました。そして今日はさらに、より進んだ緩和医療の実践の姿を聞かせていただけるということであり、また国の保健政策の切実な問題である「地域医療をいかに進めていくか」あるいは「大学の中に緩和医療をいかに根付かせていけるか」ということにも貴重な示唆を得られるに違いないと、私はレナード先生の話が始まるのを、今本当に楽しみにしております。

司会 田中先生、ありがとうございました。さて本日は、英国のホスピスの現場におられるレナード先生から、私達がこれまで耳にしやすかった英国の現場の日の当たる側面、つまり良い面のホスピスの話ばかりでなく、ホスピスができてからのちの英国の医療はどう変わったのか、そして地域医療と緩和医療はどのようになってきたのかなどの陰の話もうかがえるとのことです。その中から、私達が岡山で緩和ケアの運動をこれからどう展開していったらいいのかを、考えることができると思っています。
 それではレナード先生、よろしくお願いします。




英国における緩和医療の現状と将来の展望

 Claud F.B. Regnard, FRCP (London)
 (クロード・レナード)
 英国ニューカッスル市病院協会および
 セントオズワルドホスピス,
 緩和ケア・コンサルタント




〔編集註:図版類はすべて略〕

レナード 田中先生、加藤先生、そして私と同じくホスピスの仕事をしていらっしゃる先生方、そして会場に来てくださった皆さま、こんにちは。ただいま過分なご紹介をいただいたようですが、これは全部私のことなのかと思いながら聞いておりました(笑)。
 まず初めに、今回日本にお招きくださり、たいへん光栄に思っております。加藤先生にはイギリスの私のホスピスに何度か来ていただいておりますが、私は日本には初めてで、みなさま方から温かいおもてなしを受けて感銘しております。
 これから、英国における緩和ケアのご紹介をさせていただくわけですが、いったい緩和ケアはどうして発展してきたのか、そして将来はどうなるのか、ということなどを含めて話をしていきたいと思います。
 まず、簡単に自己紹介しますと、私が住んでおりますところは、イギリスの正式にはニューカッスル・アポン・タインという都市で、町の中央を流れているタイン川のほとりというのが町の名前の由来です。イングランドの北東部に位置しており、ここから北へ50マイルも行きますとスコットランドになります。かつては造船の町として、また石炭の積み出し港として大変にぎわった都市ですが、今は軽工業が中心で、ナイトクラブで有名であり(笑)、また今はとくにプロサッカーの強豪チーム『ニューキャッスル』が有名です。そして、私が勤務するセント・オズワルド・ホスピスは、ニューカッスルの北の郊外にあります。
 ホスピスの名称は、674年にイングランド王となった聖オズワルドにちなんだもので、彼はイングランドだけでなくスコットランドの大半、ウェールズ、それにアイルランドの一部も治めた人です。聖オズワルドの銅像もあるのですが、以前は私にはエジプトのファラオのように見えていました。でも今の私は、日本の仏像に似ているんじゃないかと感じています(笑)。
 さて、このスライド1(図1、略、以下同)が私どものセント・オズワルド・ホスピスです。建物は、英国王立建築研究所から1987年度の年間優秀建築の栄誉を受けています。病院というよりはふつうの家にいるような感じを得られるように設計されているのが大きな特徴で、日本建築の要素も含まれています。
 スライド2(図2)は、セント・オズワルド・ホスピスのロゴマークです。スコットランド北西部にあったケルト民族の彫刻から採ったデザインで、ケルト・ノット(ケルト結び)という、始めも終わりもない1本のひもで編まれているものです。“f”が4字編まれており、これは、我われ自身のこと、我われの家族、我われの友人、我われをとりまく人びとの全てが結ばれていて、「我われの生命は永遠に続くものである」という意味がこめられています。

緩和ケアの現状
 〜患者・家族共通の感情、孤独と喪失感〜

 では本題の緩和ケアの話に入りますが、その前提としてまず、私達がみている患者さん、そして介護をしている人たちに目を向け、患者さんの進行した疾患が、患者さん自身や家族にどういう影響を与えているかを、みていきます。
私達のホスピスで行なった調査からのデータによると、患者さんや家族の苦しみや悩みにはいくつかのパターンがあることが分かりました。
 まず第1は、病気ゆえに生じる「孤独感」です。ある女性患者さんの言葉を例に紹介しますと、「孫との関係が嫌なものになってきちゃってね。あの子たちの母親は、孫を私の家に来させなくなったんですよ。あの人たちったら、今では私を、赤の他人のように扱うんです。あの人たちが私のことをどんなふうに思い出してくれるかと思うと、悲しくなるわ」というような孤独感です。
 第2に、患者さんは早い段階から「喪失感」を経験するということです。また家族も、患者さんが亡くなってから喪失感をもつのではなく、身内にその病名が診断されたときから、悲しみとともに喪失感が始まっているのです。患者さん自身はもちろん将来の喪失を想って悲嘆しますし、自分の機能が失われていくこと、家族や友人との関係が失われていくことを悲しむのであり、これは患者さんが診断名を告げられているかどうかにかかわらず、だれもが経験することでしょう。また、家族や友人たちも早くから喪失感をもち、その感情が無力感をもたらします。ある女性は次のように述べていました。「夜になると、いつも二人で戸締りをして、それから、私達は丸まって映画をよく観たわ。とても好きだったの。今じゃ、そんなこともできなくなってしまった。あの人たちが、彼の身の回りのことをしてベッドにも寝かせてくれているのかしらと、いつも気になっているのよ」つまり、パートナーがいなくなってしまったという喪失感が、日常生活での様々なことがらに対しての無力感を生む、そういう喪失感につながていくのです。
 そして、患者さんに対して専門家として治療にあたっている人たち、医師や看護婦も同様に喪失感に苦しんでいます。とくに、治癒(キュア)できなかったという喪失感に苦しむ医師や看護婦は、それゆえに、患者さんと密に接することを避けるようになります。こうして患者さんや家族は、逆に専門家にコミュニケーションをとりにくくなり、ますます喪失感を募らせるという悪循環になり、さらには患者さんの「孤独感」を増していきます。
 そして第3には、入院ケアへの偏り、ということがあります。患者さん達は、自分の家に医師や看護婦を招き入れたがっているのですが、しかし実際には逆に、患者さんが医師や看護婦のいる家に、つまり病院に招き入れられている……それがあまりにも多いのではないでしょうか。

[入院によりないがしろにされること]
 専門家の中には、患者さんを病院に入れることに関して、偏った考え方をしている人もいると思います。すなわち専門家達は、病院こそが唯一、患者さんたちにとって安全な場所であると信じ込んでしまっているのです。そして病院においてのみ、優れたケアが行なえるとも思っています。しかしながら、緩和ケアは病院で行う方が適しているという証拠はありません。むしろ病院においては不適合、というケースが多々みられるのです。
 後でも述べますが、全ての患者さんが病院に入りたがっているわけではありません。日本でも同じでしょう。家に居続けたいという患者さんには、そのための必要な手段が提供されてしかるべきなのです。私達の調査でも、そういう患者さんがたくさんいましたが、彼らは実際には専門家から「是非病院に入りなさい」と説得されていました。ホスピスか病院に入れば希望があるんだと、自身を納得させて入院した人が多いわけですが、そういう場合、入院前に実際には何がおきていたかというと、在宅で行なわれるべきケアがないがしろにされていたことが多かったということが分かりました。

緩和ケアとは何か
 〜Palliative ApproachとPalliative Careの相違〜
 では緩和ケアは、患者さんや家族に何を提供できるのでしょうか。まず「緩和ケアとは何か」を私達は理解しなければなりません。緩和ケアは、まず全ての患者さんにとって、そのアプローチを受ける権利があり、全ての専門家はどんな人にも提供するのが義務であるということです。すなわち、我われ医師としての職業すなわち専門領域が何であれ、私達は緩和ケアを行なっていかなければならないということです。
 ただ緩和ケアという場合、「緩和のための介入」ということとは同じではありません。緩和のための介入、これは症状を緩和するための治療をさします。たとえば放射線療法であったり、外科的な処置がそうです。それらと緩和ケアは違うのです。
 緩和ケアとは、専門家としてのトレーニングを受けた臨床医によって提供されるケアのことです。そのうち緩和医療は、英国においては1989年からすでに医学の1つの専門領域となっており、緩和医療の専門医は4年間の専門トレーニングを受けなければならないことになっています。以上のような定義は非常に重要で、これらの定義から3つのポイントが明らかになります。
 第1に、全ての専門職は、基本的で有効な緩和ケアを提供しなければならないということです。すなわち、皆さんは様々な専門職の人たちとチームとして仕事をすることにより、患者さんに対して、身体的にはもちろん真に社会的なサポートをしていかなければならないということです。
 第2に、患者さんの症状をただ緩和するために薬を投与している、放射線療法をやっている、外科的な処置を施しているというだけでは、真の緩和ケアを提供していることにはならないということです。
 そして第3に、患者さんの中には、緩和ケアへのニーズがあまりにも大きく、そしてまた複雑であったりすることがありますが、そういう場合にこそ専門家による緩和ケアチームの手を借りなければならなりません。これは決して、それまで緩和的介入をしてきたチームの失敗だった、だから緩和ケアチームに回されるべきだ、というのではありません。専門家を含む緩和ケアチームは、そういう複雑なニーズをもった症例を数多くみた経験を重ねているからこそ、独自のアプローチやテクニックを生み出しているのであり、対処できるということなのです。(図3)

[治療と緩和ケアとの関係]
 さて緩和ケアというのは、もちろんその疾病の進行に伴って必要となってくるケースが多いのも事実ですが、そうではなく、疾病の初期の段階から必要なケースもあります。また、その患者さんが治癒のための治療を受けている段階から緩和ケアを必要とすることも、決して例外ではありません。患者さんにとって、治療と緩和ケアはなんら対立するものではなく、緩和ケアのスキルは、患者さんがどの段階にあっても、価値のあるものなのです。(図4・5)
 また患者さんの緩和ケアへのニーズは、疾病の進行によって様々に変わっていきます。たとえば、ターミナルで必要になるケースの場合は、それまで普段からみていた医師や看護婦が緩和ケアを提供するのがいいでしょう。しかし、まだターミナルではなく、手術も可能な段階の患者さんで緩和ケアが必要になるケースがあります。たとえば、手術中に非常に困難な症状を呈したときなどのことで、(この様なケースは希かもしれませんが)こういう時こそ特に緩和ケアチームが必要となるのです。また、長期の慢性疾患を患っている患者さんは、状態が悪くなったり良くなったりしますが、その悪くなったときは緩和ケアが必要です。

[緩和ケアは、いつ有効に機能し得るのか]
 以上、緩和ケアの定義は何か、そして緩和ケアが必要なのはいつなのかということをみてきました。しかし、緩和ケアについては実際には、それを提供する人の専門分野が何であるかによって、考え方がかなり異なっています。
 英国においても、たとえばホスピスというものについて、大方の意見が一致しているわけではありません。1991年の『オブザーバー』誌には次のような記事が投稿されました。
 「この奇異な、他の医療と不和を生ずるような、ホスピスという文化。これはもう、枯れて消え去ってもいいのではないか。彼らの仕事や任務というのは、本来の医療がそれを担えばいいのだ」
 この文章を書いた人は、高齢者をケアしている上級医師です。彼は緩和ケアに対してかなり批判的ですが、ただその発言の中では、現在の既存の医療の中に緩和ケアが入っていかなければならないという重要性は強調されています。ただ、彼が理解できていなかったのは、緩和的介入と専門家による緩和ケアの違いです。これについては、先ほど述べた通りですが、私は、彼が緩和的介入を提供してくれることを願いますが、それよりも、もし彼がなにか難しい問題に直面したら、緩和ケアの専門家に援助を求めることを期待したいのです。
 つまり専門家による緩和ケアの提供は、既存の医療サービスの資源となるものであり、決して既存の医療にとって変わろうとするものではないということを強調しておきたいと思います。しかしまた、各専門医の中には「専門家による緩和ケアは必要ない」という人もいます。他の専門家から意見を求めることなど考えたこともないという人もいるのです。そういう専門家は、よい医療はひとりの医師、ひとりの看護婦によって全ての医療が提供できるものだと考えている人なのでしょう。しかしどんな専門職でも、ひとりで他の専門職の手を借りずにできる職業などありません。そして全ての専門領域にわたって、最新の知識・技術を更新できる人もいないでしょう。
 先のような発言をした人は、「緩和ケアから学ぶものはほとんどない」と考えているのでしょうが、その結果、患者さんたちは適切なケアや快適な療養生活を送る道を絶たれてしまうのです。

[緩和ケアと従来の医療との橋渡し]
 英国における問題として、緩和ケアはもともとチャリティ(慈善)として始まったことを改めて確認しなければなりません。そして今日でも、緩和ケアにかかるコストの半分以上はチャリティによって賄われています。したがって緩和ケアが本格化した初期の頃、この緩和ケアと本来の医療を統合することが難しいということがありましたが、この15年間でその状況は大きく変わり、現在の英国では、専門家による緩和ケアが地域でも病院内でも提供されるようになっています。
 日本では緩和ケアを行なうにあたって、病院での提供に重点がおかれているとのことですから、緩和ケアと本来の医療との統合はかなり早く進むかもしれません。しかしながら、緩和ケアはチャリティで行なわれ始めたということを忘れてはならないと、私は思います。チャリティで行なう方が変化や革新をおこしやすいのです。ただその一方で、本来の医療の方は往々にして保守的になりがちで、そうした変化をなかなか受け入れようとしないという問題も残るでしょう。

[緩和ケアの新しい視点〜安心して苦しめる環境〜]
 さて、緩和ケアに対する見解として、もう一つ新しい視点が生まれています。その提唱者は、アベリル・ステッドフォードという精神科医で、オックスフォードであの緩和医療の先駆者のひとりロベルト・トゥワイクロスと一緒に働いていた人です。彼女は「緩和ケアとは、安心して苦しめる環境を提供することだ」と提案しました。初め、「これはとても奇異なことだ、苦しみを取り除こうとしてがんばっているはずではないのか」と受け止められたようです。
 実は、彼女が真に言いたかったのはこういうことなんですね??まず第1に、効果的な身体コントロール、これはもう言うまでもない基本であるということ。疼痛や嘔気に苦しんでいるときには安心感は得られない、ということです。そして第2に、患者さんがいかに身体的には快適な状況にあったとしても、何らかの心理的な苦しみや悩みが残っているものです。患者さんが将来の計画や希望を奪われて喪失感に直面していることを考えれば、これは決して驚くことではありません。その様な時に、患者さんのこうした心理的な苦しみを自分自身で表現できるように援助することは、極めて治療的な行為というべきなのです。
 例えば、誰もが経験していることだと思いますが、何か心配事があったり不安に思うことがあったとき、それを誰かに話すことができたら、その心配事や不安のタネが解消するわけではないにしても、少し気が楽になるということがありますが、それと同じです。
 しかしながら、患者さんが自分で自分の心理的な苦しみを表現するに至るかどうかは、一方で患者さんが何らかの安心感を得ているかどうかによります。私達だって、自分の心配事を打ち明けられるのは、信頼している人にだけですね。そして、ここが肝心なのですが、自分が信頼している人というのは、何も自分にいちばん近い人、たとえば家族であるとは限りません。逆にいちばん近しい人には、心配事を打ち明けると苦しめることになってしまうのではないかなどと、その人には秘密にしておきたいということが往々にしてあるのです。したがって医療職に従事しているものとして私達は、そういった患者さんの心配事や不安といったことを聞く、聞いてあげるという立場にいることになります。
 私達医療者さえいれば、患者さんの全ての苦しみを取り除けるというわけではありませんが、患者さんがそういった苦しみを表現できるようにしてあげる、お手伝いをするということは、患者さんにとってプラスになるということを、私達は肝に銘じておくべきです。

緩和ケア・サービスの実際
[在宅支援サービス]
 専門家による緩和ケアは、いろいろな形で提供できます。たとえば在宅支援チーム、これは専門看護婦で構成され、その専門看護婦が地域の医師や看護婦にとって資源として働くわけです。また、この専門看護婦のうしろには緩和ケア専門医が控えています。(図6)

[デイ・クリニック]
 外来クリニックをもっているホスピスや病院もあります。ここには、緩和ケア専門の医師や看護婦がスタッフとして詰めています。たとえば私達のセント・オズワルド・ホスピスでは、緩和ケアの外来クリニック、呼吸困難の外来クリニック、そしてリンパ浮腫の外来クリニックを開いています。そのほかに私達の所ではデイクリニックも開いています。デイクリニックというのは、たとえば点滴(輸液)を行なったり、持続点滴鎮痛剤の容器を取り換えたりというとき、患者さんが入院することなく行なえるようにするものです。
 また最近ほとんどの英国の病院では、緩和ケア・サポートチームというのが設けられています。緩和ケア・サポートチームは、院内の既存医療チームに対して資源として働くようになっており、したがってこのサポートチームは自分たちが管理するベッドはもちません。既存医療のチームが患者さんのことで困ったときに、紹介してくるのです。

[デイ・ホスピス]
 またデイホスピスというものもあります。これは、患者さんが1週間のうち1〜2日を過ごすところであり、家に閉じこもっているよりもそうすることで気分転換になり、また家族は介護から解放され休養の時間が持てるようになります。英国では多くのデイホスピスが看護婦だけで運営されています。
 以上から逆にいえることは、英国におけるホスピスの入院病棟には、対象となる全患者さんの20%しか入っておらず、残る80%の患者さんについては、これまでに紹介したような様々な緩和ケアサービスの形態と場所でケアされています。なお、ホスピスに入院した患者さんの60%は、退院できて自宅に戻っています。

セント・オズワルド・ホスピスの実際
 私達のセント・オズワルド・ホスピスの様子をスライド(略)で紹介しましょう。これは外来クリニックです。外来クリニックは、デイトリートメントやデイホスピスと同じ建物内にあり、2つの診察室と2つの治療室があります。この写真でお気づきになれるでしょうか、机がありますが、その置かれている場所は、医師と患者さんとの間ではありません。患者さんと医師は机をはさまずに話せるようになっています。次にこれはデイ・トリートメントで、ここでは1日に6名までの患者さんを受け入れることができます。また、このデイ・ホスピスは最近新しく改装したばかりですが、ここでは1日20人までの患者さんを受け入れることができます。
 これは入院病棟で19床あり、スタッフは3人の上級専門コンサルタント医師と3人の専門研修医そして1名のシニアドクター、35名の看護婦、その他SW、PT、OTなどから構成されています。この写真は理学療法室で、先ほども言いましたように、入院患者さんの60%は退院して自宅に戻っていきますから、その後のリハビリはとても重要で、ここで行ないます。その他に事務スタッフ、給食スタッフ、家事のスタッフがいるほか、たくさんの資金集めのスタッフがいて年間約3億8000万円の寄付を集めています。さらに1000名以上のボランティアがいて、ホスピスに関する様々な仕事をしてくれています。そのボランティアの中には、医師や看護婦はもちろん庭師さんなどもいるのです。

[地域における連携]
 この図(略)は、そういったホスピスのサービス活動が連携して行なわれていることを示したものです。もちろん、それぞれが所属する組織は違っているかもしれませんが、ニューカッスルにおける緩和ケアのチームとスタッフは全てコンピュータのデータベースに登録されており、そうすることで、今どのチームやスタッフがどこでどの患者さんにあたっているのかが分かるようになっています。こういった連携を持つことによって、病院と地域とホスピスが一体となって、患者さんにケアを提供できるようになっています。この様な連携は、患者さんがホスピスから自宅に戻っていくためには是非とも必要なことであり、またホスピスと地域の各組織が相互に信頼しているといった状況がなければ、患者さんのケアのスムーズな移行はできません。相互信頼は、一緒に仕事をして初めて生まれてくるものです。
 例えば、緩和ケアチームに紹介してくるのは地域の病院や開業医ですから、紹介してきた組織の看護婦がよく私達のところにやってきます、逆に私達緩和ケアチームも往診したり訪問したりもしています。また、そうした相互信頼を築くことによって、あるチームだけが患者さんからの信頼を失うという事態にはならないようにできるのです。といっても、そういった患者さんたちの全てを私達緩和ケア専門チームが診ようというわけではなく、中でもその管理が難しく複雑な問題を抱えている患者さんを診ていこうというのが私達の方針です。もちろん場合によっては、上級医師などが直接担当している患者さんなどは私達に紹介されない時もあります。だからこそ、病院内の若手医師や看護婦との連携を普段からとっておくことが必要なのです。
 在宅ケアは、緩和ケアをしていくうえで非常に重要で、私達は少なくとも病院でのケアと同じ位に重視しています。そのためにも地域の一般医や訪問看護婦と連携を保っておくことが大切であり、それができてこそ初めて、良質の緩和ケアを提供できると考えています。
 最後にくり返しますが、緩和ケアチームが成功する秘訣は、既存の医療チームのサービスとともにパートナーシップを組んで仕事をしていくことです。

緩和ケアの評価
 ここで、専門家による緩和ケアチームの構成をあげておきましょう。まず、緩和ケアの専門トレーニングを受けた臨床医です。この臨床医たちがお互いに連絡をとり合って緩和ケアを行なうとともに、互いに評価します。
 さて、緩和ケアチームに入ってもらうことによって、本当にうまくいくのだろうか効果がでるのだろうかという問題があります。何か違いが生まれるのか??そうした評価の手段として、リバプールのジョン・エバショーという人が考えだした緩和ケアのOutcom Scoreがあります。私達は通称パカ(PaCA:Palliative Care Assessment)と呼ぶ、次のような非常に単純なスケールで表します。(図7)
0:問題なし
1:問題はあるものの患者さんの日々の生活には影響なし
2:問題があってその日々の生活に中程度の影響を与えている
3:患者さんの日常のほとんどを占めている
 このPaCAスコアの使い方は次の通りです??ある病院の緩和ケア・サポートチームが、疼痛に関する緩和ケアで実際に成果をあげているかどうかの評価をするとします。まず最初にその病院を訪問して評価したとき、患者さんの疼痛に対する訴えはどうなのかについてのPaCAスコアをつけます。そして後日2回目の評価で同じ患者さんのスコアをつける、そして3回目……PaCAスコアを比較してどう変わったかをみるわけです。たいていの場合、3回目の評価の時にはスコア3の患者さんはいなくなっています。嘔気についても同じことがいえます。嘔気は患者さんにとって、疼痛と同じ位やっかいな問題であることは、皆さんもご承知のことと思いますが、さらにもう少し複雑な問題の不穏(アジテーション)についてのPaCAスコアはどうなのか、これもやはりたいていは3回目訪問時の評価で3という患者さんはいなくなっており、サポートチームの成果が表れていることが分かりました。アジテーションは患者さん自身にとってはもちろん看護する側にとっても、非常にやっかいな問題です。アジテーションがあると、その患者さんの配偶者やパートナー、家族の悲嘆がさらに大きくなり、問題が複雑になります。しかし、このアジテーションについてでさえ、PaCAスコアの低下すなわち緩和ケアの効果があるのです。
 そうはいっても、症状コントロールが難しい問題はその他にも多々残っています。たとえば「低調な気分」といったものは、なかなか改善しにくいものです。その変化は他に比べて顕著に表れるものではありません。ただ最近になって、その低調な気分の患者さんは、実はうつ病になっているケースが多いことが分かってきました。しかも問題は、そのうつが、不安によって隠されてしまっているケースが多いことです。したがって、もしその低調な気分かうつによるものと臨床的に診断されるのであれば、抗うつ薬を投与することにより2〜3週間で改善できることがあります。
 また、呼吸困難という難問があります。この場合もPaCAスコアの改善はみられにくいものです。ニューカッスルでの私達は現在、呼吸困難の患者さんは先ほど紹介した呼吸困難クリニックに紹介することにしています。そうすることで、かなりの改善が図られるようになっています。

英国の緩和ケアの歩み
 さて、日本における緩和ケアの発展は、英国のそれとは違った形で進むべきと思います。それは国の事情、ニーズなどがそれぞれ異なっていることによるものですが、しかし、英国の事情を振り返ることは、日本の皆さんにもお役に立つであろうと思います。
 英国では1980年代に入って、緩和ケアの将来を探る調査部会が設けられ、フェリックス・ウィルクス教授が部会長となって報告書が提出されましたが、その中に重要な提言がありました。まず、「緩和ケアの原則を他の専門職にも知らせていかなければならない」ということ。第2に、「トレーニングのためのプログラムやコースを開発しなければならない」ということ。そして第3として、「チームにより提供されるケアの重複やギャップが起きないように、計画を通じて緩和ケアを体系化していかなければならない」ということです。
 さて、このうちの第1と第2はすでに実現され、教育施設やトレーニング施設などの問題が残ってはいるものの、現在ではかなり広範に教育プログラムが受けられるようになっています。第3の提言は、緩和ケアをケア全体のプログラムの中に融合しようという作業で、なかなか難しかったのですが、それでもこの10年ほどで英国では緩和ケアは治療の一環に組み込まれるようになってきたといっていいと思います。
 ウィルクス・レポートは上記の3点以外にもに重要な提言をしています。その一つに「既存のサービス資源も利用できる病院を重点的に緩和ケアサービスの拡大を推進すべきである」としているのですか、これはなぜかというと、質の高い病棟が緩和ケアについても先頭を切って導入していくべきだという考えに基づいています。
 また、「ホスピスの数を増やしたからといって、決していい方向に向くものではない」という提言もありましたが、これはその後すっかり無視されてしまったようです。というものも、ウィルクス・レポートが出されてから15年たって英国のホスピスは大きく増えたからです。1980年に50カ所以下だったのが、1995年には200カ所を超えました。ただ最近の5年間では、ホスピスの新設数が突然減少しています。といっても、これはウィルクス・レポートの提言を世間が認識したことによるものではなく、おそらく英国におけるチャリティーの資金集めが限界に達したことによるためと考えられています。(図8)
 その他に、提言がいくつか無視された原因として考えられるのは、英国では、緩和ケアというのはみんながやらなければならないものという認識があり、したがって緩和ケアを専門家だけに任せたり緩和ケア病棟をつくることは特には必要ない、という考え方が広まっていたからだともいわれています。また、専門家による緩和ケアが、研究や教育の現場に果たす役割の認識が少なかった、というのも事実でしょう。

緩和ケアの逆説
[ホスピスの増加と在宅死の減少]
 次に、緩和ケアが一般に提供されるようになり、緩和ケア病棟やホスピスができることによって、英国では患者さんが亡くなる場所には変化が起きたのでしょうか。この問題に関する研究は少ないのですが、あるデータによると、英国の患者さんの「最期を迎えたい場所」として、50〜67%の方は自宅で、ホスピスでという人は15%、そして病院でという人は16%です。
 具体的に私達のニューカッスル地域のデータを見てみますと、在宅で亡くなっている人は31%に過ぎず、逆に半数以上の方が病院で亡くなっています。ということは、英国の患者さんが望んでいること、すなわち最期の場所を選ぶ希望はかなえられていない、ということです。(図9・10)
 しかしここには、いくつかの逆説があります。「患者さんの半数は、自宅で最期を迎えたいと願っている。しかし、その選択が得られるのは、その3分の1に過ぎない」というものです。また、「最後の1年間を患者さんは自宅で過ごしている。しかしながら最期の瞬間だけを病院で迎えている人が20%近くいる」「緩和ケア・サービスは急速に普及してきた。しかし自宅で亡くなる人は減ってきている」などというものです。またある調査によると、自宅で亡くなった患者さんの67%は在宅ケアの支援を受けていましたが、この在宅ケアチームのうしろにホスピスが控えている場合は、自宅で亡くなる人の割合はさらに31%に減っている、というデータもあります。

[コスト高のホスピスケア]
 こうした逆説と同じようなことを、実は私達のニューカッスル地域でも経験しています。1993年に新しい病棟付ホスピスが開設されたですが、それによってホスピスで亡くなる方が増え、在宅死の方が減ったのです。病院やナーシングホームで亡くなる方の数は変わりませんでした。英国では、ホスピスが開設されるとどうも患者さんを在宅からホスピスへ移しているようだといっていいようです。これはどちらでも構わないのかもしれませんが、違いがあるのは、緩和ケアにおいて、入院病床をもつホスピスにおいて行なわれる緩和ケアは最も高くつくということです。したがって私達は、緩和ケアの資源を、入院病床やホスピスにではなく、在宅ケアのサポートチームへ向けて注ぐべきであると考えています。
 以上のような英国の経験というものが、日本にもあてはまるでしょうか。表面だけ見ると、あてはまらないように見えるかもしれませんが、日本では病院でのケアが伝統として根強く残っている一方で、在宅ケアがまだ一部とはいえ急速に広がっているようです。こうした傾向が続くのであれば、ホスピスを開設することが在宅ケアにどういう影響を与えるのかをよく考えてみなければならない時がやがて来るでしょう(図11)。
 もう一つ大事なことは、これから生まれてくるであろうホスピスが、卓越した緩和ケアの例をそこだけで提示するのではなく、積極的に研究活動や教育活動も行っていくようにすること、それを確実にし向けることです。
 さらにもう一つ日本での大きな問題は、患者さんに対する診断面での告知でしょう(図12)。ここで肝心なのは、告知をするかどうかを決めるのは、医師でもなく看護婦でもなく、患者さん自身であるということです。患者さんが自分の意志で告知を求めるのか求めないのかを決めるということです。ということは、患者さんの周りにいる医療職の責任は、以下の3つの事実を探ることにあるということになります。すなわち、その患者さんが、
・これまでにどの程度の事実を知っているのか、
・さらに知りたがっているのかどうか、
・病気の詳細について家族に伝えてもいいと考えているのかどうか、
の3点についてです。
 英国においては、80%の患者さんが自分の病気についてもっと知りたいと望んでいます。日本においても、患者さんに対して診断名を告げる傾向が増えており、英国のレベルに近づいているということですが、ということは、患者さんに対して話しやすくなるということです。どこで治療やケアを受けたいのかを話しやすくなれば、もし在宅ケアが可能だといわれれば、在宅ケアというオプションを選ぶ可能性のある人も増えてくるでしょう。

[緩和ケアの拡大〜治療できない慢性疾患へ〜]
 さてもう一つ、英国で私達が気づいている問題があります。緩和ケアは誰に対しても差別なく提供されなければならないとされているにもかかわらず、一部の人たちは緩和ケアをほとんど受けていないということです。その一部の人たちとは、心疾患の人たち、呼吸器疾患の人たち、学習障害(LD)の人たち、そしてALSなどの神経難病を抱える人たちです。英国でも緩和ケアの対象となっている患者さんのうち、これらの患者さんは5%未満にとどまっていますが、これらの患者さんたちも、がんの患者さんと同じような痛みや苦しみをもっているのです。進行したがんの患者さんに有効な緩和ケアの方法は、これらの患者さんにも有効なものはあるはずで、それが十分に行なわれていないのは悲しい事実なのです。
 日本でも神経難病の患者さんには緩和ケアはほとんど行なわれていない問題があると思います。我われはこれから先、がんではない患者さんにも緩和ケアをどのように適用していくかを考えていかねばなりません。

緩和ケアの教育に関して
 次に、教育について触れておきます。あの車椅子の物理学者スティーヴン・ホーキング博士が述べていることに、次のようなことばがあります――「物事は放置しておくとどんどん悪くなっていくということは、私達が共通に経験することである。たとえば、家を補修することなく手を入れないでしばらく放っておくと、いやでもそれが分かるはずだ。同じことが学習についてもいえるのである」
 さて、経験を重ねた熟練の臨床医は、患者さんをケアするにあたって、約200万もの情報を使って考えるといわれています。しかしそれらの情報には、誤っているものもあれば、古くて陳腐化したもの、実際にはアクセスできないものなどがあり、また現在の生物医学の知識は、人が医療職に就いていられる間に少なくとも4倍に増えるともいわれています。ある疾患についての情報が倍に増える時間は19年とされますが、これがエイズの場合には22カ月で情報量が倍に増えているのです。このことは、私個人としてもよく実感してます。私の娘が大学の寄宿生活から自宅へ戻ってくると、いつも電話代が倍になるんです(笑)。
 こういった情報氾濫の時代に、緩和ケアに関する情報が、全ての必要とする人たちや他の専門職の人に伝わるようにするためには、様々に解決策を講じていかなければなりません。まずその一つとして、通信教育(遠隔教育)プログラムがあります。特にそれが専門医の認定につながっていれば、さらに価値があります。また職場でのトレーニングは、15分もあれば一つの情報を確実に伝えることができるので有効でしょう。理想的には、対話型でやりたいものですが、極端な場合、プリントしたものを手渡すだけでもいいかもしれません。
 それから、今ではテレビ会議があります。これは特に、指導的立場にある人にアクセスできるという大きな特徴があり、しかも双方向で対話ができます。私達セント・オズワルド・ホスピスでもこの装置を備えており、英国内はもとよりフランス、南アフリカ、オーストラリアともつなぐことがあります。これは、イギリスは霧が深いからというわけではないのですが(笑)……そして、できれば岡山ともつないでいきたいものだと考えています。
 また「翻訳サービス」といったものが必要だと考えています。この「翻訳」という意味は、個人やチームが発表した専門研究論文を一般の人たちが分かるように書き直したりする、啓蒙活動のことです。その一環として、衛星回線を使った講義・講演も考えられていいでしょう。とくに重要な発表という場合、あるいはそうした発表をできるだけ多くの地域に早く知らせたいというときは、現在は衛星回線を使う方法が可能なのです。

将来に向けて
 最後になりますが,緩和ケアの将来には,どんな挑戦すべき課題があるのでしょうか。
 まず第1には症状管理の面で,臨床の場面での意思決定能力をさらに改善していかなければなりません。緩和ケアの症状管理の向上は,研究によってというよりは,ベッドサイドでの診断によるところが大きいからです。
 第2に,まだまだ研究していかなければならない症状コントロールの分野として,たとえば呼吸困難や栄養の問題などが残されています。
 第3に,研究と教育の面では,さらに共同の輪をひろげていかなければならないということです。
 第4に,臨床の現場では各専門分野を超えて,緩和ケアの実践のためのチームワークのあり方を考えていかねばなりません
 そして第5に,離別ケアなどを含む心のケアの範囲や価値を明確にしていくことが欠かせません。
 そうした課題がまだまだあることを承知したうえで,私たち緩和ケアに携わるものは,患者さんや他の医療職の人たち,そして社会の人びとに対して,緩和ケアのメッセージを正しく伝えていく努力が不可欠です。
 そのためにはまず,患者さんや介護している家族に対しては,「良質な緩和ケアを受けることは自分たちの権利である」ということを知らせる必要があります。緩和ケアを受けることは自分自身の進歩の源となるものであることを知らせるべきです。すなわち疾患が進行中のすべての人に,自分の人生を最大限に活用できるようにしたいときには,そのために緩和ケアがあることを説明していかねばなりません。
 また,緩和ケアは発展途上にあるものの,緩和ケアをサービスするさまざまなチームがすでにあることを明らかにするなど,情報を公開していく必要があります。
 私たちは,終末期の段階では死か疼痛かのどちらかを選ばなければならないといった観念がまだまだ残っていますが,しかし適切な緩和ケアのもとでは,どちらも私たちが選ぶべき選択肢ではありません。死は,効果的な疼痛緩和と代替であり,すなわち緩和ケアと代替できるのです。
 WHO(世界保健機関)のがんおよび緩和ケア部前主任ヤン・スティルンスヴァルト(Jan Stjernsward)は次のように言っています??「自分たちが持ち合わせている知識に従って行動することほど影響力のあるものはない」。
 私たちがどういったことをするにせよ,私たちが提供する緩和ケアというものは,次のことを可能にするものでなければなりません。すなわち,緩和ケアは結果が出せて,だれもが利用できて,適切でありシンプルであることです。
 長時間ありがとうございました。

司会 レナード先生,どうもありがとうございました。
 緩和ケアのこれまでの軌跡,その抱えている問題点,これからどのような方向に進められていかなければならないのかなど,さまざまな重要な問題をお話しくださいました。私たちがこれまで耳にしてきた緩和ケアの話とはかなり違った内容の,充実したお話ではなかったかと思います。私自身これまでにいろいろな緩和ケアの講演を聞いてきましたが,このような内容の話は初めてでした。この内容を私たちはかみ砕いていきたいと思います。 

(編集註:質疑応答は略)


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